1. [問題提起] なぜ、合理的な会議で「愚かな結論」が出るのか?
あなたの会社で、こんな光景を目にしたことはないでしょうか。
優秀な人材が集まり、完璧なアジェンダが用意され、論理的な議論が交わされたはずなのに、決まったことは「誰の記憶にも残らない妥協案」や「現場が疲弊するだけの精神論」。あるいは、DXやAI導入を掲げて始まったプロジェクトが、いつの間にか「ツールを入れること」自体が目的化し、現場の業務負荷だけが増えている——。
SNSを開けば、「弊社、また謎の会議で1時間が消滅」「経営層の思いつきで現場が大混乱」といった嘆きが溢れています。しかし、これを単に「経営者のセンスがない」「現場の当事者意識が低い」と片付けてしまってよいのでしょうか。
意思決定は遅いのに、炎上だけは速い。
部門間の壁は厚く、隣の部署が何をしているか分からない。
「お客様のために」と唱和しながら、社内調整のための資料作りに追われている。
私は、ある仮説を持っています。
その問題は、誰かの能力不足や努力不足ではなく、組織という“設計図の欠陥”に起因しているのではないか、と。
私たちは今、目に見える現象(会議の停滞や売上の低迷)にばかり気を取られ、その裏で軋んでいる巨大な「構造(Reality)」を見落としているのかもしれません。
2. [背景考察] 「見えない手数料」と「飼い慣らされた野生」
経営の現場において、私たちが直面している「違和感」の正体は何でしょうか。
ある思考実験の場(DELTA SENSE 体験会)で、非常に示唆に富んだ議論が交わされました。
「1億円稼いでも、換金しようとすると手数料などで7割近く持っていかれることがある。手元に残るのが3割なら、その1億円に何の意味があるのか?」
この仮想通貨にまつわる「見えない手数料」の話は、現代の企業組織に対する痛烈なメタファー(暗喩)です。
組織における「手数料」とは、調整コストのことです。
ある社員が「100の価値があるアイデア」を思いついたとします。しかし、それを実行に移すために、上司への根回し、部門間の調整、会議での説明、稟議の承認プロセスを経るうちに、アイデアの角は取れ、熱量は冷め、実行される頃には「30の価値」しか残っていない。
経営者は「イノベーションを起こせ」と叫びますが、組織の構造自体が「70の手数料」を徴収するシステムになっていれば、誰も挑戦などしません。これは社員のやる気の問題ではなく、「権限と責任の非対称性」や「情報の流通コスト」という、物理的な構造の問題なのです。
さらに深刻なのは、組織が良かれと思って行っている「最適化」が、逆説的に組織を弱体化させている可能性です。
生物学に「ドメスティケーション(家畜化)」という言葉があります。野生の動物を、人間が管理しやすいように、気性が穏やかで肉付きの良い個体を選抜して掛け合わせる品種改良のことです。
企業における「コンプライアンス遵守」「協調性」「ミスのなさ」を過剰に求めた人材育成は、まさにこのドメスティケーションではないでしょうか。
安全な柵(ルール)の中で餌(給与)を与えられる限り、彼らは優秀です。しかし、柵の外——変化の激しい市場という荒野に放り出された瞬間、彼らは自力で獲物を狩ることも、外敵から身を守ることもできません。
組織を安定させようとするその力学そのものが、皮肉にも、変化の激しい現代市場で生き残れない「脆弱な組織」を作り上げているのです。
3. [伏線] 「正しさ」が孕む3つのジレンマ
しかし、ここで私たちは厄介な問いに直面します。「では、管理をやめればいいのか?」「調整をなくせばいいのか?」と問われれば、答えはNOです。
無秩序な自由は、組織を崩壊させます。ここに、経営における構造的なジレンマが存在します。
解決困難な3つの矛盾(アポリア)を見てみましょう。
- 「透明性の罠」「すべてのデータを可視化すれば、不正やムダは防げるか?」組織では、KPIですべてを数値化・透明化しすぎると、社員は「数字合わせのゲーム」に走ります。「何が“良い”状態なのか(文脈)」が共有されていなければ、透明性は自律を生まないばかりか、監視社会の閉塞感を生みます。
- 「安全と停滞のトレードオフ」「リスクをゼロにするために制限をかけると、いざという時に動けない」企業におけるコンプライアンスや稟議制度も同じです。「正しく守ること」を優先しすぎると、現場の即応性(アジリティ)は死にます。「機会損失」という最大のリスクが見過ごされてしまうのです。
- 「教育なき実装」「金融教育を受けていないのに、ツールだけ渡されても使いこなせない」これはDXの現場そのものです。データの読み解き方や、意思決定の作法(リテラシー)を教育せずに、最新のAIツールやチャットツールだけを導入する。結果、何が起きるか? 「高速で空回りする組織」の完成です。
これらは、空間(Space)・現象(Phenomenon)・実態(Reality)のどこかが欠落し、あるいは混線しているシグナルです。
私たちは、この絡み合った糸をどう解けばよいのでしょうか?
4. [解説] DELTA SENSE:経営の「構造」を再設計する
ここで、私たちが提唱する DELTA SENSE のフレームワーク、すなわち「三覚理論(S=H×P×R)」が、経営の現場における強力な処方箋となります。
経営課題を「人の問題(あの人はわかっていない)」に還元せず、「構造の問題(設計が間違っている)」として捉え直すためのレンズです。
- S:空間(Space)=成果の全体像・目的の座標 「我々はこの市場で何を勝ち筋とするのか?」という戦略の地図です。「観光立国として外貨を稼ぐ」や「顧客に感動体験を提供する」といった大目的がこれに当たります。ここがブレると、手段(ツール導入)が目的化します。
- P:現象(Phenomenon)=プロセス・対話 日々の会議、意思決定、コミュニケーションの流れです。ここで「調整コスト(手数料)」が発生します。「会議がつまらない」のは現象ですが、その原因はここにありません。
- R:実態(Reality)=資源・構造 人材、資金、権限、評価制度、情報の流通経路、そしてインセンティブです。ここが歪んでいる(例:挑戦する人が損をする評価制度)と、どんなに良い戦略も根腐れします。ここが「諸悪の根源」になりやすい場所です。
- H:調律因子(Harmonics)=再現性の条件 S・P・Rを繋ぐ「リズム」や「ルール」、そして心理的安全性です。
組織が機能不全に陥る時、必ずこのS・P・Rの連携が断絶しています。
多くの経営課題は、「S(理想の目的)」と「R(現実のインセンティブ)」の不一致によって引き起こされます。例えば、「挑戦しろ(S)」と言いながら、「失敗したら減点する(R)」という評価制度になっていれば、社員はP(現象)として「沈黙」を選びます。これは社員の性格の問題ではなく、極めて合理的な生存戦略なのです。
現場で使える簡易的な診断(トリアージ)を行ってみましょう。
- どこが詰まっているか?
- 議論が噛み合わないなら S(前提・目的) のズレ。
- 決まるが動かないなら R(リソース・権限) の不足。
- 誰も発言しないなら H(心理的安全性) の欠如。
- 何が欠落しているか?先ほどの「見えない手数料」の問題なら、R(評価制度・決裁ルート)を簡素化し、P(会議体)の参加人数を絞ることで、構造的に解決可能です。精神論で「スピード感を意識せよ」と言う必要はありません。
- どこを変えるか?経営者の仕事は、社員を鼓舞すること以上に、「社員が自然と成果を出せる情報環境と権限構造(Reality)を設計すること」にあります。例えば、部門間の壁があるなら、「部門横断プロジェクトの成果を人事評価の20%に組み込む(Rの変更)」ことで、自然と「協力」という現象(P)を生み出すのです。
5. [結論] 経営とは、見えない構造を「編む」こと
経営者の皆さん、そして組織を変えたいと願うリーダーの皆さん。
毎日のように起きるトラブルや、思ったように動かない組織に疲弊していないでしょうか。
ここまで読み進めたあなたなら、もうお気づきでしょう。
目の前の問題は、「誰か」のせいではなく、「仕組み」のバグであることを。
「精神論」や「流行りのフレームワーク」を継ぎ接ぎするだけでは、根本的な治療にはならないことを。
品種改良された家畜の群れを作るのではなく、野性を持ちながらも調和して狩りをする狼の群れを作る。
そのためには、声を枯らして「走れ」と叫ぶのではなく、彼らが全力で走りたくなるような「大地(R)」と「風(H)」を用意してやることです。
経営とは、人の心を操ることではありません。人の心が、水のように自然と高いところから低いところへ、そして海(目的)へと流れていくような、美しい「水路」を設計する知的な営みです。
DELTA SENSE が提供するのは、その影の実体に光を当て、絡まった糸を解き、組織が本来持っているポテンシャルを解放するための「共通言語」と「思考の型」です。
しかし、記事一つで伝えられるのは、その入り口に過ぎません。
自社のどこに「血管の詰まり」があるのか。どの「骨格」が歪んでいるのか。それを正確に見極め、再設計するには、組織ごとの文脈に合わせた深い対話と、実践的な演習が必要です。
机上の空論ではない、現場で血の通った「組織デザイン」の技法を、そろそろ本格的に手にしてみませんか。
構造が変われば、行動が変わる。
行動が変われば、未来が変わる。
その最初の一手を、どこから打ちますか?
C. 用語解説(Glossary)
- トランザクション・コスト(Transaction Costs)経済活動や組織運営において、取引や調整を行うためにかかる費用(時間・労力・金銭)のこと。企業内では、会議、根回し、稟議承認などの手間がこれに当たり、組織の肥大化とともに増大する傾向がある。
- 情報の非対称性(Information Asymmetry)取引や交渉を行う当事者間で、持っている情報量や質に格差がある状態。組織内では「現場」と「経営層」、あるいは「部門間」でこの格差が生じ、適切な意思決定を阻害する要因となる。
- 限定合理性(Bounded Rationality)人間は完全に合理的・論理的に判断できるわけではなく、情報の限界、認知能力の限界、時間の制約の中でしか判断できないとする概念。ハーバート・サイモンが提唱。経営において「完璧な正解」が存在しない理由の根拠となる。
- KPI(Key Performance Indicator)重要業績評価指標。組織の目標達成度合いを計測する定量的指標だが、適切に設計されない場合、手段の目的化(KPIの達成自体が目的となり、本質的な価値が見失われる現象)を招くリスクがある。
- 心理的安全性(Psychological Safety)組織の中で、対人関係のリスク(無知、無能、ネガティブに見られる不安)を感じることなく、自分の考えや気持ちを安心して発言できる状態。エイミー・エドモンドソンが提唱し、Googleの研究で「高業績チームの唯一の共通点」として注目された。
- エージェンシー問題(Agency Problem)依頼人(プリンシパル/株主・経営者)と代理人(エージェント/経営者・社員)の利益が一致せず、代理人が自分の利益を優先してしまう問題。監視コストやインセンティブ設計の難しさを伴う。
- ドメスティケーション(Domestication)生物学用語で「家畜化」「栽培化」のこと。本稿では、企業が管理しやすい人材を育成しすぎた結果、環境適応能力(野性)を失わせるメタファーとして使用。

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