公益と循環:なぜ「効率化」された善意は、現場を疲弊させるのか

1. [問題提起] 効率化の果てに消えた「歩く意味」

台湾で、ある奇妙なガジェットが爆発的に売れているのをご存知でしょうか。

スマートフォンの画面をオフにしたままでも、自動でモンスターを捕まえ、アイテムを回収してくれる装置です。そう、あの「歩いて冒険する」ことが醍醐味だった位置情報ゲーム『ポケモン GO』のためのツールです。

本来、あのゲームは人々を家から連れ出し、健康を促し、街というリアルな場を再発見させる「ゲーミフィケーション」の成功例でした。しかし、市場の論理は残酷です。「もっと効率よくレベルを上げたい」「手間を省きたい」というユーザーの欲望に応え、ついに「歩かなくてもいい、画面も見なくていい」という、ゲームの存在意義を根底から覆す最適化が行われてしまったのです。

結果、何が残ったでしょうか。数字上のレベルは上がります。しかし、当初の目的であった「健康」や「街との接点」は完全に断絶されました。

この話を聞いて、笑えるでしょうか。それとも、背筋に冷たいものを感じるでしょうか。

私は後者です。なぜなら、これと同じ現象が、今の日本の企業社会、特に「ESG」や「SDGs」といった公益を掲げる現場で起きているからです。

「社会によいことをしよう」という崇高な理念が掲げられます。しかし、それが現場に降りてきた瞬間、KPIという名の「レベル上げ」に変わります。報告書のための数字作り、実態の伴わない多様性推進、形だけの地域貢献。

効率よく「善意のスコア」を稼ぐためのツールが導入され、本来の目的だったはずの「社会との豊かなつながり」や「社員のウェルビーイング」が、自動化されたプロセスの外へ追いやられていく。

「いいこと」をしているはずなのに、なぜか現場が疲弊し、虚無感が漂う。

それは私たちが、公益を「理念」としてしか捉えておらず、「設計」の問題として捉えていないからではないでしょうか。

2. [背景考察] 「乾いた数字」が排除した、「湿った現実」

森林資源の現場に目を向けてみましょう。

かつて山は、地域経済の循環の中心でした。木を植え、育て、切り出し、家を建て、端材は燃料にし、灰は土に返す。そこには何十年という時間軸と、無駄のない「巡り」がありました。

しかし、現代のビジネスサイクルは、この「森の時間」を許容できません。

効率化の名の下に、均質で扱いやすい建材だけが求められ、節(ふし)があったり、曲がっていたりする木は「規格外」として山に捨てられます。あるいは、海外から安い木材を大量に仕入れ、国内の山は放置される。

結果、日本の森林は荒廃し、土砂災害のリスクが高まり、巡り巡って私たちの都市生活を脅かしています。

ここで興味深い符合があります。

先ほどのゲームの話や、昨今話題になる「多様性推進の失敗事例」と、構造が全く同じなのです。

ある大手企業では、数値目標ありきで女性管理職比率を急激に引き上げた結果、現場に深刻な分断が生まれたといいます。育児中の社員とそうでない社員の間で不公平感が爆発し、かえって組織力が低下してしまった。

これは、「人間」という、本来は節もあり曲がりもする「自然物」を、規格化された工業製品のように扱おうとした結果の軋轢(あつれき)です。

私たちは、スマートウォッチで心拍数や歩数を管理するように、組織や社会貢献もデータで管理しようとします。もちろんデータは重要です。しかし、スマートウォッチが「今の数値」は見せられても、「今の生活を続けたら10年後どうなるか」という未来の予兆までは教えてくれないように、現在のKPIだけを追っても、その先にある「枯渇」は見えません。

木材における「端材」も、組織における「ノイズ(異論や感情)」も、効率化の過程で切り捨てられてきました。

しかし、本当に切り捨ててよかったのでしょうか?

木の節がその木の生きた証であるように、組織のノイズこそが、イノベーションの種やリスク回避のシグナルだったのではないか。

手触りのない、乾いたデジタルな空間での意思決定は、驚くほどスピーディです。しかし、そこには「摩擦」がありません。摩擦がないからこそ、私たちはブレーキを踏むタイミングを失い、本来の目的からズレた場所へ、猛スピードで突っ込んでしまうのです。

3. [伏線] 測定できない「公益」のジレンマ

ここでいくつかのジレンマを提示させてください。

  • 透明性の罠: ESGスコアを上げようと活動を可視化・数値化すればするほど、数値になりにくい「地道な信頼関係」や「即効性のない教育」が予算から削られていく。
  • 正しさの暴力: 「環境に配慮すべき」「多様性を認めるべき」という正論が強まるほど、現場は「本音」を言えなくなり、心理的安全性とは名ばかりの「沈黙の教室」が出来上がる。
  • 循環と競争の矛盾: 地域資源を守り、循環させようと手間をかけるほど、グローバルな価格競争では不利になり、結果として資源を守る体力が奪われる。

これらは、現代の企業が直面している「公益のあちら立てればこちら立たず」です。

AIや自動化技術が進み、声優の仕事すら合成音声に置き換わりつつある今、「人間がわざわざやる意味」や「企業がコストをかけてまで守るべき価値」が問われています。

効率を突き詰めれば、人間も自然も「コスト」でしかありません。

しかし、コストを極限まで削ぎ落とした先に、私たちは何のためにビジネスをしているのか、という根本的な問いが空洞化してしまう。

では、どうすればいいのか。

逆説的ですが、必要なのは「効率を落とすこと」ではないでしょうか。

それも、ただサボるのではなく、意図的に「思考の摩擦」を作り出すこと。

自動化された思考のレールに、あえて「異物」を置くこと。

もし、その「異物」が、森から切り出された一枚の木質カードだとしたら?

4. [解説] 木質カードという「思考のアンカー」

ここで DELTA SENSE の「公益還元型モデル」という視座が意味を持ちます。

これは単なる「木製のエコなカード」ではありません。

「巡りの設計」そのものです。

1. 資源の再定義:端材はゴミではない

私たちは、市場価値がないとされる国産材の「端材」や、利用されにくい樹種をあえてカードの素材として採用する未来を描いています(現在はヒノキの一枚板などからスタートしていますが、視線はその先にあります)。

捨てられていたものに「問い」を刻印し、企業の会議室という「経済の最前線」に持ち込む。

これは、山と都市、廃棄と価値を接続し直す行為です。

2. 触覚による「場」の変容

なぜ、デジタル画面ではなく「木」なのか。

木には固有の「触覚」と「香り」、そして「木目」という視覚情報があります。

人間は、有機的な素材に触れると、無意識に発話速度が落ち、呼吸が深くなる傾向があります(バイオフィリックデザインの効果)。

プラスチックやガラスの冷たい画面上では、人は「正解」を急ぎます。しかし、温かみのある木を手に持った時、人は「対話」を始めやすくなる。

攻撃的な議論になりがちな会議に、木質のカードが一枚あるだけで、心理的な安全性が物理的に担保される。これはスピリチュアルではなく、環境心理学的な「場の設計」です。

3. 時間軸の回復

木は、数十年かけて育ちます。そのカードの年輪を見ることは、四半期決算という短期サイクルで生きるビジネスパーソンに、「長い時間軸」を身体感覚として思い出させます。

「この木が育つ間の時間、私たちは何を遺せるか?」

その問いは、目先の利益相反を超えた、より大きな公益の視点へと視座を引き上げます。

企業が取り組める「循環の具体」

では、明日から何ができるでしょうか。

例えば、「ノイズ(端材)を価値に変えるワークショップ」はどうでしょう。

社内の研修やチームビルディングで、あえて「解決困難な厄介事(組織の端材)」や「普段は見過ごされている地味な業務」をテーマに設定します。

そして、参加者全員が DELTA SENSE の木質カードを手元に置き、カードに書かれた「問い」を通してそのテーマを語り合うのです。

「この厄介事は、見方を変えればどんな資源になるか?」

「効率化の過程で、私たちが切り捨ててしまった『感情』はどこにあるか?」

木の手触りを感じながら行われる対話は、普段の無機質な会議とは全く異なる質を帯びるはずです。

問いが対話を生み、対話が新たな視点(行動)を生み、その結果として組織の風通しが良くなり(人的資本の向上)、巡り巡ってその収益の一部が森林保全に還元される。

このループを作ることこそが、真の「公益」です。

誰かが一方的に施すのではなく、誰の何が、どう巡って戻ってくるか。その設計図を描くことなのです。

5. [結論] 公益とは、巡りを止めない「設計」である

冒頭のゲームの話に戻りましょう。

効率化ツールによって「歩くこと」を省略したプレイヤーは、確かに数字上の成果を得ました。しかし、彼らは「体験」という人生の果実を失いました。

企業活動も同じです。

ESGやSDGsを、報告書のための数字合わせにしてしまえば、企業は「社会からの信頼」や「社員の誇り」という、最も重要な果実を失うことになります。

公益とは、誰かの自己犠牲的な善意ではありません。

公益とは、私たちが生きるこの世界において、資源(森、人、情熱、金)の巡りが途切れないようにするための、極めて知的で、強靭な「設計」のことです。

DELTA SENSE が提案するのは、その設計のための「最初の一石」です。

森から来た木片が、あなたの掌(てのひら)に収まり、問いを投げかける。

その瞬間、都市のオフィスと遠く離れた森林が接続され、あなたの思考はデジタルの速度から解き放たれます。

「答え」を急ぐのはもうやめましょう。

私たちが本当に必要としているのは、自動化された正解ではなく、仲間と共に迷い、考え、未来を紡ぎ出すための「良質な問い」と、それを支える「確かな手触り」なのですから。

もし御社が、ESGをただの報告書の言葉ではなく、現場の血肉となる“習慣”にしたいと願うなら——。

一枚のカードから、その対話を始める準備はできています。


用語解説 (Glossary)

  • ゲーミフィケーション (Gamification)ゲームの要素(レベルアップ、報酬、競争など)をゲーム以外の領域(仕事、学習、健康管理など)に応用し、動機づけや行動変容を促す手法。本文中では、その本来の目的が効率化によって形骸化するパラドックスとして引用。
  • ESG (Environment, Social, Governance)企業の持続的成長のために配慮すべき3つの要素(環境・社会・ガバナンス)。投資家が企業を評価する指標として定着したが、近年では形式的な対応(ウォッシュ)や現場の疲弊も課題視されている。
  • バイオフィリックデザイン (Biophilic Design)「人は本能的に自然とのつながりを求める」という概念に基づき、建築や空間に自然要素(木材、植物、自然光など)を取り入れる手法。ストレス軽減や創造性向上などの効果が科学的に示唆されている。
  • グッドハートの法則 (Goodhart’s Law)「ある尺度が目標になると、それは良い尺度ではなくなる」という経済学の法則。評価指標(KPI)自体が自己目的化し、本来の目的が歪められる現象を指す。
  • 木育 (Mokuiku)木材への親しみや木の文化への理解を深める教育活動。単なる知識学習にとどまらず、五感を通じた体験や、森林環境と暮らしのつながりを学ぶことを重視する。
  • 端材 (Offcuts)製材や加工の過程で発生する、半端な木材の断片。従来は廃棄や燃料チップにされることが多かったが、近年ではその不揃いな形状を活かしたプロダクト開発など、アップサイクルの文脈で注目されている。

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