公益という名の「巡り」の設計図——なぜ私たちは、森の端材で“未来”を語るべきなのか

1. [問題提起] ゾンビ化するオフィスと、「正しさ」の疲労感

「人生100年時代」という言葉が、希望ではなく呪いのように響くことはないでしょうか。

私たちはかつてないほど長生きになりました。しかし、その内実はどうでしょう。

ある対話の場で、こんな強烈な言葉が飛び出しました。「死んでいないだけで、生きていない」。

医学的な寿命は伸びても、ベッドの上でチューブに繋がれたままの10年。あるいは、オフィスでPCに向かいながら、心のスイッチを完全に切ってしまった「社内失業」状態の若者たち。

昨今、企業はこぞって「ウェルビーイング」や「人的資本経営」、そして「ESG(環境・社会・ガバナンス)」を掲げます。しかし、現場の感覚はどうでしょうか。「社会のために」というスローガンが降りてくるたびに、現場の社員は疲弊し、やらされ仕事が増え、皮肉なことにメンタル不調者が増えていく——そんな矛盾した光景が広がっていませんか?

環境に配慮したいと思いながら、決算月には短期的な利益のために大量廃棄を黙認する。

地域との共生を謳いながら、調達コストを下げるために地球の裏側から安い資材を運ばせる。

「多様性」を認めようと言いながら、増え続ける「メンタル不調の病名」を、働かないための免罪符(言い訳)として消費する風潮すらある。

私たちは、どこかでボタンを掛け違えているのかもしれません。

公益(パブリック・インタレスト)とは、誰かが無理をして歯を食いしばって捻出する「善意」のことではないはずです。もし、公益を追求することで現場が疲弊するなら、それは「倫理」の問題ではなく、「設計(デザイン)」の敗北です。

これは、枯渇しかけた私たちの“生きた心地”と、放置された“森の資源”を、もう一度つなぎ直すための物語です。

2. [背景考察] エナジードリンクで走る肉体、行き場を失う木材

興味深い対比があります。

現代の都市生活者は、常に「過剰な接続」と「圧倒的な孤独」の間にいます。

例えば、Eスポーツやオンラインゲームの世界。ヘッドホンをしてディスプレイに向かい、光と音の洪水を浴びる。疲れたらエナジードリンクを流し込み、脳を無理やり覚醒させて2日間ぶっ通しで戦い続ける。その果てに鼻血を出して気絶するように眠る——。

これは極端な例に見えますが、ビジネスの現場も似たようなものではないでしょうか。常にチャットツールで繋がり、カフェインで脳を叩き起こし、短期的な成果(スコア)を追い求める。そこには、身体的な実感や、太陽の光、そして「他者と体温のある言葉を交わす」という循環が欠落しています。

一方で、日本の森林はどうなっているでしょうか。

国土の約7割を森林が占めるこの国で、多くの木材が行き場を失っています。戦後に植えられた杉や檜は収穫期を迎えていますが、安い輸入材に押され、切り出されることなく山で朽ちるか、あるいは切り出されても「端材」として捨てられています。

ここに、現代のビジネスが抱える構造的な欠陥が透けて見えます。

私たちは、人間という資源も、木材という資源も、「使い捨て」にしているのです。

木には、不思議な力があります。

木材、特に無垢の木に触れると、人の心拍数は落ち着き、副交感神経が優位になることが科学的にも示唆されています。プラスチックや金属のような「冷たく、均質で、無機質」な素材に囲まれた空間では、人は無意識に防御的になり、効率を優先した冷たい言葉(「で、結論は?」)を発しがちです。

しかし、木質のカードやテーブルがある空間では、会話のテンポがわずかに遅くなります。木の持つ「ゆらぎ(1/fゆらぎ)」や、一つとして同じものがない木目、そして温かみが、私たちの動物としての警戒心を解くからです。

森の時間は、40年、50年というスパンで流れています。その時間の結晶である木材を手に取ることは、分刻みで消費される私たちの時間感覚に、「待つ」という豊かなブレーキをかける行為でもあります。

しかし現状では、この「木の時間」と「ビジネスの時間」は分断されたまま。企業は木材を単なる「建築資材」か「コスト」としてしか見ていません。

3. [伏線] 循環を阻む「善意」のジレンマ

ここで、いくつかの厄介なジレンマを提示しておきましょう。これらは、企業がESGやSDGsに取り組もうとする際に必ずぶつかる壁です。

1. 数値化の罠(KPI化の影)

「公益」を企業の目標に組み込もうとした瞬間、私たちはそれを数値化しようとします。「植林本数◯本」「CO2削減◯トン」。しかし、数値化された公益は、往々にして「免罪符」になります。「金を出してカーボンクレジットを買えばいい」という発想になり、自社のビジネスプロセスや社員の意識そのものは何も変わらない、という事態を招きます。

2. 隠れ蓑としての「多様性」

先述の対話にもあったように、現代は「病名」が増え続けています。もちろん、苦しんでいる人を救うための分類は必要です。しかし、それが過度に進むと、「自分は◯◯障害だから出来なくて当然」という自己正当化の道具になり、成長や対話の機会を自ら閉ざしてしまう副作用も生んでいます。多様性を認めるはずが、互いに「腫れ物に触る」ような関係になり、組織の血流(コミュニケーション)が滞る。これもまた、循環不全の一種です。

3. 地域貢献と市場原理の乖離

「地域の木を使おう」とスローガンを掲げても、乾燥コストや加工の手間を考えれば、集成材やプラスチックの方が合理的です。「正しいこと」をしようとすればするほど、赤字垂れ流しの「ボランティア事業」になり、長続きしない。結果、一過性のイベントで終わり、森はまた放置される。

私たちは、「正しさ」を振りかざすことで、かえって現場の思考を停止させていないでしょうか?

必要なのは、スローガンでも寄付でもなく、「問い」の質を変えることかもしれません。

もし、捨てられるはずだった「端材」が、組織の「捨てられている本音」を救い上げるとしたら?

そのとき、公益は「コスト」ではなく「投資」に変わるはずです。

4. [解説] 公益とは「巡り」の設計である

ここまでの話を統合しましょう。

私たちが目指す「公益」とは、誰かの自己犠牲の上に成り立つものではなく、「巡り(循環)の設計」そのものです。

DELTA SENSE が木質カード、それも将来的には地域林業の「端材(オフカット)」や間伐材の活用を見据えている理由は、単なるエコ活動ではありません。そこには、経営と現場、都市と地方、現在と未来をつなぐ「媒介装置」としての意図があります。

なぜ、プラスチックではなく「木」なのか。そしてなぜ、それがビジネスに効くのか。

その理由は、以下の3つの「再接続」にあります。

1. 【触覚の再接続】抽象を具体へ戻す

ディスプレイの中の数字や文字は、どこまでいっても抽象的な情報です。しかし、木の手触り、重み、香りは「具体的な現実」です。会議室で抽象的な議論が空転しているとき、物理的な重みを持つ木質カードを場に出すこと。それは、エナジードリンクで麻痺した脳を、「身体」に引き戻すアンカー(錨)の役割を果たします。身体性が戻れば、発せられる言葉の質が変わります。「論破」ではなく「対話」が生まれる土壌が整うのです。

2. 【時間の再接続】短期最適から長期視点へ

その木目が形成されるのに数十年かかったという事実は、無言の圧力として機能します。木を前にして「今月の売上だけ」を語ることは、どこか居心地が悪いものです。木質カードを用いたワークショップは、参加者に「自分たちの会社は、この木のように年輪を重ねているか?」「40年後に何を残せるか?」という、長い時間軸の問いを自然に想起させます。

3. 【関係の再接続】所有から「預かり」へ

プラスチック製品は「消費」するものですが、木製品は手入れをして使い込む、つまり「自然から預かっている」感覚を呼び覚まします。これは、企業が社会からリソース(人材、資源)を預かって事業を行うという「公器」としての感覚と直結します。「端材」を「価値あるカード」に変えるプロセス自体が、組織内の「埋もれた人材」や「見過ごされたアイデア」を再評価するメタファーとして機能するのです。

企業が取り組める「循環の設計」の第一歩

いきなり大規模な植林活動をする必要はありません。まずは、社内の研修やチームビルディングの場に「異質な素材」と「良質な問い」を持ち込むことから始めてみてください。

例えば、地域の木材を使ったカードや什器を囲み、「わが社が『見ないふり』をして捨てているものは何か?」(それは端材かもしれないし、若手の本音かもしれないし、顧客の真のニーズかもしれない)という問いを立てる。

問いが対話を生み、対話が関係性を修復し、関係性が新たな行動(資源の有効活用)へつながる。

このループを作り出すことこそが、真の「公益」の実践です。

5. [結論] 未来への静かな挑発

「偉大なる健康寿命」という言葉が、皮肉ではなく現実の希望として語られるために必要なこと。

それは、私たち自身が「生きた心地」を取り戻すことです。

森の端材がカードとして蘇るように、組織の中で枯れかけている情熱や、形式的なESG活動に血を通わせること。

公益とは、高尚な理念ではありません。

それは、「自分が出したものが、形を変えて自分に戻ってくる」という当たり前の摂理を、ビジネスの構造の中に組み込む技術のことです。

私たちが木に触れ、木を通して語り合うとき、それは単に木材を使っているだけではありません。私たちは、森が長い時間をかけて育んできた「循環のシステム」そのものを、経営のOSにインストールしているのです。

もし御社が、ESGを分厚い報告書の中だけの言葉ではなく、社員一人ひとりの手触りのある“現場の習慣”にしたいと願うなら——。

DELTA SENSE のカードを一枚、テーブルに置いてみてください。

そこから始まる対話は、きっと今までとは違う「年輪」を刻み始めるはずです。


用語解説 (Glossary)

  • ウェルビーイング (Well-being)身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを指す。単なる「健康(病気ではない)」を超え、満たされた持続的な幸福の状態。企業経営においては、社員のウェルビーイングが生産性や創造性に直結するとされる。
  • 人的資本経営 (Human Capital Management)人材を「消費する資源(コスト)」ではなく、「投資して価値を生む資本(キャピタル)」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営手法。
  • 木育 (Mokuiku)木材への親しみや木の文化への理解を深め、木材の良さや利用の意義を学ぶ教育活動。単なる環境教育にとどまらず、五感への刺激を通じた情操教育や、地域産業とのつながりを学ぶ側面も持つ。
  • 端材 (Offcuts)木材を製材や加工する過程で発生する、半端な切れ端のこと。従来は廃棄されたり燃料にされたりすることが多かったが、近年はアップサイクル(高付加価値化)による商品開発が注目されている。
  • 1/fゆらぎ (1/f fluctuation)規則正しさと不規則さが調和したパターンのこと。小川のせせらぎ、木目、炎の揺らぎなどに含まれ、人間が快適さやリラックスを感じるリズムとされる。
  • スコープ3 (Scope 3)企業のサプライチェーン排出量のうち、自社の直接排出(Scope 1)、他社から供給された電気・熱の使用(Scope 2)以外の、原材料調達・輸送・廃棄などを含む間接的な排出量のこと。森林保全や端材活用はここの削減や貢献に関わる。

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