1. [問題提起] 言葉が「消費」されていく会議室の片隅で
あなたは、こんな感覚を覚えたことはないだろうか。
会議室で誰かが流暢に喋っている。使われているのは「最適化」「シナジー」「解像度」といった、聞き心地の良い言葉たちだ。全員が頷いている。合意形成もなされている。しかし、ふと我に返ると、胸の奥に鉛のような重さが残っている。「で、結局、私たちは誰の何を救っているんだ?」という問いが、喉元まで出かかっては、空気読みという名の重力に押し戻されていく。
正しい言葉ほど、本音を消し去る力を持つ。
SNSを開けば、きらびやかな成功法則や、「誰でも稼げる」という威勢のいい文句が踊っている。一方で、現場で汗を流し、木屑にまみれ、あるいは数字と格闘しているあなたの言葉は、なぜかその喧噪にかき消されてしまう。
実直な人間ほど、言葉を失う時代だ。
「良いものを作れば売れる」という神話が崩れ、かといって「見せ方」だけで中身のないものが称賛されることへの生理的な嫌悪感。この板挟みの中で、私たちは知らず知らずのうちに、自分の仕事の価値さえも見失いかけてはいないだろうか。
これは、ある日の体験会で起きた、一人の実直な技術者が「言葉」を取り戻すまでの、静かなる闘争の記録である。
2. [背景考察] 「即答社会」が産み落とす断絶と貧困
物語へ入る前に、少しだけ舞台装置の話をさせてほしい。私たちが生きるこの社会の足元には、恐ろしいほどの空洞が広がっている。
「子どもの貧困」という言葉がある。
ひとり親世帯の約40%以上が貧困状態にあるというデータは、もはや耳新しいものではないかもしれない。しかし、この数字の裏にある「体験格差」という現実は、より残酷だ。「小さい頃にディズニーランドに行けたかどうか」——そんな些細な経験の差が、将来の所得格差、ひいては人生の選択肢の差へと直結していく。
そしてもう一つ、現代を覆う病理がある。「情報のコピペ化」だ。
実体験を伴わない知識が、SNSを通じてあたかも真実のように拡散される。大工仕事などしたこともない人間が「施工管理のノウハウ」を売り、ビジネスを立ち上げたこともない人間が「起業コンサル」を名乗る。
この二つは無関係に見えて、地下茎で繋がっている。
「体験の欠如」を埋めるために、手っ取り早い「情報」に飛びつく。実態のない虚像が膨れ上がり、やがて弾けたとき、そこには何も残らない。行き場を失った人々は、さらに安易で危険な選択肢——いわゆる「闇バイト」のような犯罪の温床へと流れていく。
即答が求められ、表面的な正解だけが評価される社会。そこでは、時間をかけて培った技術や、泥臭い現場の知恵は「効率が悪い」と切り捨てられがちだ。
だが、本当にそうだろうか?
体験会という場は、こうした社会の歪みをテーブルの上に広げ、私たちが無意識に飲み込んできた「違和感」を、まざまざと可視化するための装置なのである。
3. [伏線] 「ライブコマース」というカードが孕んだ気まずさ
その日のテーブルには、工務店を営むAさんが座っていた。日に焼けた肌、節くれだった指先。彼が選んだ一枚のカードは、まさに「子どもの貧困」だった。
ゲームの盤面は、左側の「ネガティブな未来」へと分岐していく。
「実体験のないコンサルタントが溢れる」
「彼らがAIに仕事を奪われ、行き場を失う」
「稼ぎ方を失った人々が、犯罪(闇バイト)へと手を染める」
「治安が悪化し、Aさんのような真面目な商売人が割を食う」
救いのないシナリオだ。Aさんの表情が曇る。「こっちが迷惑だよって話ですよね」。彼の言葉には、実直に生きる者が抱える、やり場のない憤りが滲んでいた。
ここで、局面を転換するための「解決策」を提示するターンが回ってきた。
Aさんは少し迷った末に、一枚のカードを場に出した。
そこに描かれていたのは**「ライブコマース」**。
一瞬、場に奇妙な空気が流れた。
今まで「実態のない情報商材屋」を批判していた文脈で、SNSを使った販売手法であるライブコマースを出すことへの違和感。それはまるで、敵の武器を手に取らされたような、あるいは「結局、流行りに乗るしかないのか」という諦めのような、微かな失望を含んだ沈黙だった。
「仕事にあぶれた人たちが、TikTokなんかで商品を売るようになる。まあ、犯罪よりはマシかなって……」
Aさんの声は自信なげだった。ファシリテーターの視線が、そのカードとAさんの顔を行き来する。
誰かが軽く笑ったが、目は笑っていない。
このカードは、単なる「流行りのツール」なのか。それとも、もっと別の意味を秘めているのか。
テーブルの上の「ライブコマース」という文字が、Aさん自身に鋭い問いを突きつけているようだった。
4. [解説] 「必要性」を語れない者は、誰にも届かない
ここから、場の空気が一変する。
ファシリテーターが、Aさんの出したカードを拾い上げ、静かに問いかけた。
「Aさん、物を売るって、そんなに簡単なことでしょうか?」
- 現象:安易な解決への疑義「ファンだから買う、安いから買う。それで片付くなら誰も苦労しません。ライブコマースもいずれ飽和します。その時、何が残ると思いますか?」ただの流行りのツールとして扱えば、それは先ほどの「偽コンサルタント」と同じ穴のムジナになる。Aさんの表情に緊張が走る。
- 実態:役割と関係性の再定義ここで語られたのは、通販会社「ジャパネットたかた」の例だった。彼らはなぜ売れるのか。単に「安いから」ではない。「なぜ、今、あなたにこれが必要なのか」という**必要性(Necessity)**を、徹底的に言語化しているからだ。「安いですよ、買ってください」は懇願だ。「あなたにはこれが必要です。なぜなら生活がこう変わるからです。しかも、今なら安い」は、提案であり、救済だ。
- 意味:問いの回復と光話はAさんの本業、工務店の仕事へと接続される。「Aさんの工務店は、相見積もりを取られますか?」「……取られますね。価格で比べられることもあります」「それは、『なぜAさんの会社でなければならないのか』という必要性が、相手に伝わっていないからです」その瞬間、Aさんの呼吸が深くなったのがわかった。「ライブコマース」というカードは、単なる「販売ツール」の象徴ではなかった。それは、「画面の向こうの相手(他者)に対し、自分という存在の必要性を、言葉を尽くして届ける」という覚悟の象徴へと意味を変えたのだ。野菜の話も出た。こだわりの無農薬野菜を作る農家と、スーパーの安い野菜を買う消費者。この断絶を埋めるのもまた、「なぜその野菜である必要があるのか」という物語の提示でしかない。Aさんは気づいたのだ。実直にいい仕事をしているだけではダメなのだ。その「良さ」が、相手の人生にとってどう「必要」なのかを言葉にすること。それこそが、情報過多の海で溺れる人々(そして自分自身)を救う唯一のロープなのだと。伏線は回収された。「ライブコマース」というカードは、軽薄な流行り言葉から、職人が持つべき「伝えるための武器」へと昇華された。【明日から使える小さな儀式】もしあなたが、自分の仕事が伝わらないと感じたら、商談やプレゼンの前に、手帳の隅にこう書いてみてほしい。「なぜ、相手にとって、これが必要なのか?」「良いものです」ではなく、「必要です」と言い切れるまで、その理由を掘り下げてみる。そのたった一行が、あなたの言葉に体温と重みを宿らせるはずだ。
5. [結論] あなたが飲み込んだ問いは、どこへ行くのか
体験会の終わり、Aさんの顔つきは、来た時とは別人のようになっていた。
「認知されていないから売れない」のではない。「必要性を語れていないから届かない」のだ。その事実は厳しいが、同時に希望でもある。なぜなら、必要性は、他ならぬAさん自身の中に、確かな実態として既に存在しているのだから。
私たちは日々、多くの言葉を飲み込んでいる。
「こんなことを言っても無駄だ」「どうせ伝わらない」
そうして飲み込んだ問いは、消えてなくなるわけではない。体の奥底に沈殿し、澱(おり)となり、いつか「諦め」という名の毒に変わる。
しかし、一歩立ち止まり、カードという名の鏡に向き合ったとき、その澱は「洞察」へと姿を変える。
「子どもの貧困」という社会課題から始まった対話は、巡り巡って「一人の職人の生きる姿勢」へと着地した。世界と個人は、こうして繋がっている。
あなたが今日、会議室で飲み込んだ違和感。
誰にも言えずに抱えている、仕事への誇りと不安。
それらは決して、あなただけの孤独な悩みではない。社会という巨大な構造が生み出した「現象」の一部であり、だからこそ、解き明かす価値がある。
言葉にならないものを抱えたまま、日々を走っているあなたへ。
もし、その重荷を少しだけ降ろして、本当の言葉を探してみたいと思うなら——。
いつでも、この場に来てほしい。
ここでは、あなたの沈黙さえも、雄弁な物語の始まりになるのだから。
用語解説(Glossary)
- 子どもの貧困(Child Poverty):一般的に、平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子どもの状態(相対的貧困)を指す。日本ではひとり親世帯の貧困率が高く、教育や体験の機会が制限されることで、将来的な経済格差の固定化(貧困の連鎖)につながる深刻な社会課題となっている。
- 体験格差(Experience Gap):家庭の経済状況により、学校外での教育活動(習い事、旅行、文化的体験など)の機会に差が生まれること。単なる知識量の差だけでなく、自己肯定感や社会性、将来の選択肢に大きな影響を与えるとされる。
- ライブコマース(Live Commerce):SNSや動画配信プラットフォームのライブ配信機能を用いて、視聴者とリアルタイムでコミュニケーションを取りながら商品を販売する手法。中国で爆発的に普及し、日本でも広がりを見せている。単なる通販ではなく、配信者のキャラクターや視聴者との「関係性」が購買の鍵となる。
- 闇バイト(Yami-baito):SNSなどで「高額報酬」「即日払い」といった甘い言葉で募集される、違法行為(特殊詐欺の受け子、強盗の実行犯など)への加担を指す。経済的に困窮した若者や、情報リテラシーの低い層が安易に応募し、犯罪組織の使い捨ての駒として利用されるケースが後を絶たない。
- 必要性の提案(Proposition of Necessity):マーケティングにおいて、単に商品の機能や価格(Wants/Needs)を訴求するのではなく、「なぜ特定の顧客にとって、今その商品が不可欠なのか」という文脈や意味を提示すること。競争が激化し、商品がコモディティ化する現代において、価格競争から脱却するための重要な視点とされる。

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